Comprehensive exam


もう3ヶ月前の話になりますが、進級試験であるComprehensive exam (コンプ)がありました。お疲れさまでした。コンプとは簡単に言えば、最初の2年間のコースワークで受けてきた内容をきちんと理解できているかを確認する試験です。うちのスクールではcomprehensive examと呼ばれていますが、大学や学科によっては、qualifying examやgeneral examなど、様々な呼称があるみたいです。ですが、役割としては基本的に同じです。PhD課程では、このコンプを乗り切れるかが一つ目の大きな関門であり、これをクリアできなかった場合、課程に留まることができなくなってしまうこともあります。

ビジネススクールでは授業の大半が論文輪読形式になっているので、コンプで問われる内容もこれまで輪読してきた論文を踏まえた問題が課されます。これまでに受けた授業のすべてが範囲になっていたので、文字通り”すべて”の論文を復習する必要があり、それが本当に大変でした。ふと気になったのでこれまで2年間のコースワークで読んできた論文の数を数えてみたところ、延べ388本でした。これには自発的に読んだものや研究に関わるものとして読んできたものを含めていません。Assignmentだけでこれだけの量なので、我ながらよく乗り越えたものだと感心しています。留学を始めて間もないころに、授業のシラバスを見て思わず笑ってしまったのは、今でも覚えています。

 

僕はStrategic management & entrepreneurshipの学科に所属しています。これはいわゆる戦略論(及び企業家論)と呼ばれるものですが、僕自身は戦略論に関わる研究はほとんど行っていません(関心もあまりありません)。それでもこの学科に所属していられるのは、やはり経営学自体が非常に緩く定義されていて、かつ非常に学際的であることの証左であるとも言えます。実際、うちの学科に所属しているfacultyのバックグラウンドも、economics、sociology、history、political scienceと多岐にわたります。

 

そんなStrategic management & entrepreneurship(長い)学科でのコンプは4日間にわたって開催されました。このコンプでは、僕がこの学科でこれまで受けてきたコースワークを大きくEconomics、Strategy & Entrepreneurship、Sociologyという3つのbucketに分けて、1日あたり3時間、それを3日に分けて受けることになります。経営学にはPsychologyベースの研究領域もありますが、それはOrganizaiton Behaviorという隣の学科の範疇になっています。最後の4日目は自分が指名した指導教官から自分用にTake-home examが課されます。誰の参考になるかはわかりませんが、僕がこれまで受けてきた授業を、カテゴリーごとに分けると以下のようになります。

 

Strategy系 (3つ)- Overview of strategy & entrepreneurship; Innovation & entrepreneurship; Entrepreneurial ecosystem

strategy系の授業がassignされた論文が一番多かったです。特に一つ目のOverviewのコースは戦略論全体を俯瞰するような感じの授業だったので、assignされる論文の幅も広く、かつ古典的なものが多かった記憶があります。論文の数もこの授業だけで一日7~8本課され、かつ担当に割り当てられた場合は授業中のディスカッションをリードするためのスライドをかなり時間をかけて準備する必要があったので、結構しんどかったです。

 

Economics系(3つ)-Formal theory; IO economics; Organizational economics

一つ目は数式モデルを用いた理論系の論文、二つ目はIO実証系、三つめはTransaction cost economics、property right theoryなどのorganizational boundary系の論文を中心に輪読していく授業です。米国のビジネススクールには経済学バックグラウンドの教員が多く在籍している傾向にあり、僕のスクールも例外ではありません。一つ目の授業は一年目の一番最初に受講した授業であり、僕のアドバイザーの授業でもあったのですが、最初のころはわからなすぎて本当に大変でした。しかし、この授業のおかげで理論モデル系論文への抵抗感が多少なりとも拭えたので、結果として凄く為になったのだと思います。

 

Sociology系(2つ) -Organizational theory; People & performance

僕が最も準備に手こずった領域です。Sociology系の論文は(特に古典は)本当に読むのがしんどい(嫌いなわけではありませんが)。ちなみに一つ目のOrganizational Theoryでは、institutional theoryを中心に扱い、付随的なものとしてoptimal distinctiveness、materiality、social movementなどをカバーします。二つ目のPeople & performanceは、教員も経済学者で、輪読するのもほぼ経済学系の論文だったのですが、諸事情によりsociology bucketに入れられました。ちなみにこの授業は、受講生が僕ともう一人(うちのスクールで一番賢いアメリカ人)だけだったので、精神的に一番しんどかったです。なお、本来ならばもう一つ、Organizational ecologyやSocial network theory系のトピックをカバーするSociological Foundationという授業があったのですが、他授業とスケジュールが被ってしまったため、結局履修できずじまいでした。

 

Methodology系(4つ) - Strategy & entrepreneurship research method; Research method foundations (micro-perspectives); Modern quantitative method; Qualitative method

いま思えば、ビジネススクールのなかで、research methodのみを扱う授業を4つも履修させるというのは、比較的珍しい方なのではないかと思います。米国のビジネススクールには、例えば実務との距離が近く、より実践的な戦略論が得意なスクールや、sociology系に強いスクールなど、それぞれのカラーがあるかと思いますが、それで言うとうちのスクールは、方法論を重視するというのが一つのカラーではないかと思います。これは、僕自身うちのスクールにおいて最も気に入っている点であり、ここに来て良かったなぁと心から思えている大きな理由の一つでもあります。

 

最後のresearch method系の授業はかなり実践的な内容ではあったのですが、僕個人としてはこれとは別に、より基礎的な方法論である経済学部のeconometricsの授業を三つと、microeconomicsの授業を履修しています。Econometricsの授業はひたすら行列をくるくる回したり入れ替えたりするもので、もともと経済学のフォーマルなトレーニングを受けていない僕には最初はやや辛かったのですが、これは受けておいて本当に良かったと思います。他学部の人からしたらもしかすると驚きかもしれませんが、ビジネススクールではこういった基本原理的なeconometricsをきちんと学ぶことってほとんどないのではないかと思います。また、それを学んできていないにもかかわらず統計分析を行っている自分に負い目も感じていたので、それを拭えたのは非常に良かったと思っています。

 

話がコンプからやや脱線してしまいました。お隣の経済学などでは、コンプはかなりハードルが高いもので、下手の成績を残してしまうと本当に追い出されてしまう、といったことがあるかと思いますが、ビジネススクールではあまりそういったことはなく、どちらかというとコースワークの理解度を確かめ、candidateとしてのステップを踏み出すための通過儀礼としての意味合いが強いのではないかと思います。というのも、ビジネススクールではそもそも同学科同学年の学生数が極めて少ない場合がほとんどだからです。僕の学科にも同学年では僕ともう一人だけ、一つ上の学年は一人だけ、といった具合です。FinanceやAccounting、Organization Behaviorなど全ての学科を含めても、一学年10人前後です。うちのスクールの場合、そもそもadmissionの段階から学科ごとに分かれており、これは経済学との大きな違いだと思います。つまりは、cohort内での競争があまりないので、ふるいにかけられることもあまりない、ということです。これが良いのか悪いのかは何とも言えないと思いますが、ビジネススクールでPhDを志す人間がそもそもそれほどいないということと、また先ほども言ったように、経営学の学際性や領域の曖昧性などを考えると、自然な成り行きかな、という気もしています。 

 

やや長くなってしまいましたが、何はともあれ、コンプを無事パスし、PhD candidateになることもできました。ここからはとにかく研究に専念し、dissertationを書き上げ、どこかしらの大学や研究機関でポジションを得るために奔走していくことになります。正直に言うと、ここまでの2年間でPhD留学で期待していたものの大半は得られたような気がしているのですが、それも所詮当初の僕の想定の中での話なので、今後は研究面で自分が想像もしていなかったような経験が得られることを期待しつつ、邁進していこうと思っています。それでは、また。