ビジネススクールの海外PhD留学への出願①

こんにちは。こちらでの生活が始まって一年が経ち、ようやくこれについて書こうと思い立ちました。別に書きたくなかったわけでは全くないのですが、何となく気恥ずかしったのと、出願時期は精神的に結構しんどかったので、あまり思い出したくないという思いもありました。



こう書いてしまうと、現在PhD留学を考えている人をビビらせてしまうようですが、逆に言えば、海外PhD留学において一番精神的にしんどいのは、この「出願」だと言っても過言ではないくらい、ひとたび渡航してしまえば留学生活はとても楽しいものです。

勿論コースワークの大変さや言語の壁、なかなか進展しない研究、ジョブマーケットなどストレスポイントはこの先幾らでもあります。しかし、個人差はあるかもしれませんが、“最初の一歩”が何よりも一番大変であり、そこを踏み出せなかったために留学を諦めてしまった方も沢山いるのではないかと思います。今回はそんな人たちを少しでも後押しできればと思い、とりわけ海外のビジネススクールへのPhD留学を考えている日本人の方に向けて書こうと思います。またここでは、僕のように海外での生活や留学の経験がなく(いわゆる純ジャパ)、英語に対して大きな壁を感じている方を想定しています。



簡単に僕自身の出願がどのようなものだったのかをまず書いておくと、僕は日本の大学院で博士一年のときに出願をしようとして、修士号を取って以後、準備を始めていました。しかし、TOEFLの点数が思うように伸びず、また日本で行っている研究プロジェクトと掛け持ちだったため、準備も中途半端で、結局その年は出願できませんでした。そして、翌年の博士二年のときにようやく出願をすることになりました。つまり、準備期間に二年近く費やしたことになります。出願をしたのは、アメリカ及びヨーロッパ圏の七つの大学(うちビジネススクールは五つ)で、結果として今在籍しているUniversity of Marylandと、イギリスのLSE(London School of Economics)、そしてドイツのUniversity of Mannheim、計三つの大学からオファーをもらうことができました。



最初は右も左もわからず、漠然と「留学したい」と考えていても、どんな準備をどんな時間軸で進めていけばいいのか、全くわかっていませんでした(その結果の二年間です)。PhD留学の出願はそもそも経験者が少ないですし、ましてやビジネススクールともなるともっと少ないです。インターネットで体験談などを調べようとしても、出てくるのはMBAばかりでPhDの体験談はほとんど見つかりませんでした。


日本の大学に在籍しておられる経営学系の先生方のなかにも、海外PhDを取られている方はいらっしゃいますが、数は決して多くありませんし、先生方が留学されたときと比べると、現在では状況が大きく変わっている部分も多々あります(例えば、一昔前と比べると、現在ではTOEFLがかなり難化していますし、アジアの学生の競争が非常に激しいです)。そういう意味で、このブログが現時点(2019年時点)での情報源の一つとして、少しでも留学を考えている人の役に立てれば良いなと思っています。



さて、出願において考慮しなければならないポイントは幾つかあると思うのですが、大きく分けると、①出願のタイミング、②出願書類の準備、③スクール(とアドバイザー)選び、になってくるのではないかと思います。今日はまず、一つ目の「出願のタイミング」についてお話しします。



出願をするタイミングなのですが、当たり前の回答としては「留学したいと思ったとき」であればいつでも良いです。いろいろなキャリアを歩んでいる方がいますし、近年ではPhD学生の年齢も多様化しています。僕のスクールでも最年長の学生は40歳を超えていますし、同級生には30代の元プロテニスプレイヤーもいます。


ただ、社会人経験などは正直あってもなくても良いと思います。社会人経験があるからプラスになる、ということは、少なくともPhDにおいてはあんまり無いんじゃないかと思います(スクールによって違うかもしれません)。それよりも、僕個人のオススメとしては、社会人経験があってもなくても、出願をする前に、まず日本で経営学あるいはその周辺領域の大学院に一旦在籍するのがいいのではないかと思います(経営学であれば、MBAではなく研究者用のプログラム)。そして実際に出願をするのは、修士号を取ったタイミングくらいが一番いいかもしれません。その理由は、大きく分けて4つあります。



まず1つは、アカデミックな論文を読む訓練を事前に積むことができる点です。学部を卒業していきなりアカデミックな論文を大量に読むのは、日本語であっても大変です。海外のPhDともなると、“英語の壁”と“アカデミックの壁”、という二重苦に同時に対応していかなければなりません。これは、ビジネススクールのコースワークにおいて、論文を大量に読み込む授業が主流であるという点で、特有の事情なのかもしれません。あらかじめ数年日本の大学院で訓練を積めば、後者の壁を多少なりとも緩和できるはずです。


また、英語の論文を読み込む力は、ひいては英語でのディスカッションの場でも活きてくると思います。ビジネススクールのコースワークは、少人数のディスカッション形式の授業が大半です。日常会話とアカデミックな議論の場は全くの別物で、前者は論文を読んでいても身につかないと思いますが、後者はその限りではありません。アカデミックな表現や文法に慣れ親しんでおくことは、留学中のコースワークについていくうえで、非常に重要です(勿論それだけでは充分ではありませんが)。逆に、そういった訓練をこれまで受けてこなかった学生のなかには、僕より英語ができるにもかかわらず、授業についていくのに困難を感じる学生もいます。



2つ目は、より良いresearch proposalを書きやすい点です。多くのビジネススクールでは、出願の際にresearch proposal(あるいはessay)を求められることと思います。日本の大学院でのトレーニングを受けるなかで、多少なりとも自分がどういうテーマに興味があるのかわかってくると思います。

Research proposalは、テーマが具体的であればあるほど良いと思いますし、出願先のfacultyとのフィットが極めて重要です。また、修士論文を書くプロセスのなかで、何となくどういった研究が現在進行形でなされているかをレビューすることになりますので、それはそのままproposalにも活きてくると思います。経営学は近接領域と比べても、トピックや方法論、学問的レンズが多岐にわたる領域だと思いますし、悪く言えばfragmentedです。そういう意味では、相手方のfacultyのストライクゾーンにピッタリ当てはまるようなproposalを提示できるかどうかは、けっこう重要だと思います。



3つ目は、日本の大学の先生とより親密な関係を築くことができる点です。これはちょっと言いにくいですが、留学を考えているのであれば、ある程度打算的に指導教官の先生を選ぶことも必要になってくると思います。よく知られているように、PhD出願において、指導教官の先生からの推薦状は極めて重要だからです。推薦状が、実際に合否の意思決定の何%分を占めるのかはわかりませんし、勿論全くコネクションがなくてもオファーがもらえることはあります。ですが、より良い推薦状がプラスになることは間違いありませんし、「この先生が薦めるのであれば」、という理由でオファーが出るケースも少なくないと思います。


重要なのは、推薦をしてくださる先生が、日本のなかでどれだけ高名でいらっしゃるかどうかは、正直全くと言っていいほど関係がないということです。こと推薦状に限定して言えば、海外とのコネクションに乏しい大御所の先生よりも、海外の研究者と共同研究をやっていたり、現在進行形で海外ジャーナルに論文を投稿しておられる若手の先生の方が圧倒的に良いと思います。この辺りは、100%留学を考えているわけではない方にとっては、難しい選択かもしれません。
しかし、主の指導教官だけでなく第二・第三の指導教官としてそのような先生に指導を仰ぐことはできると思います。また、そのような直接的な関係がなくとも、多くの先生は積極的にこちらからアプローチすれば真摯な対応をしてくださいますし、PhD留学したいという熱意をしっかり伝えれば、喜んで協力してくださる方がほとんどだと思います。



4つ目の点は、日本の大学院で一度研究をしてみる(修士論文を書く)という経験は、スクール選びに良い影響を及ぼします。他の学科はどうなのかわかりませんが、ことビジネススクールのPhDに関して言えば、知名度とか大学ランキングとかそんな指標よりも、facultyとの研究のフィットが一番大事だと思っています。「この先生の論文が好き」とか「この先生のプロジェクトに参加したい」とかを出発点として、そこからその先生のいるスクールに出願したい、というスクール選びが一番自然な流れなのではないかと思います。もちろん、「どの国に行きたい」とか、「ある程度の大学院のハクは欲しい」など、スクール選びの評価基準は個人によって様々だと思いますので、それは大事にすべきだと思います。しかし、facultyとのフィットを疎かにして出願校を決めてしまうと、結果としてオファーをもらえないケースが多いと思いますし、オファーをもらえたとしても渡航後に「思っていたのと違う」、と後悔してしまうことになりかねません。


ただ、この点に関しては若干注意が必要で、指導を仰ぎたいfacultyがずっとその大学院にいる保証がないというリスクはあります。とりわけ、まだテニュアを取っていない若手の先生だと、別の大学に移ってしまう可能性は高くなります。こればっかりは、どうしようもないと言えばどうしようもないかもしれません。もしどうしても気になるのであれば、本人にコンタクトをとり、思い切って直接聞いてみるのもいいかもしれません(そういう内容は聞いたことないので、聞いていいものかどうかよくわかりませんが)。



以上、出願のタイミングについて簡単にまとめました。もちろん、ここで書いたのはあくまで参考程度に、ということで良いと思います。しっかり自分の研究関心や方向性が決まっている人や、英語に高い障壁を感じていない人であれば、学部を卒業してすぐに留学するのも全然良いと思います。むしろ、そのようなプロセスを踏むことに高いハードルを感じている人にとっては、一度日本の大学院をクッションとして挟むことで、よりスムーズにPhD留学に結びつくのではないかと思います。


PhD留学においては、「急がば回れ」の精神が非常に重要です。一刻も早くジョブマーケットに出たいとか、人生を一年たりとも無駄にしたくない、という考えは決して悪くはありませんが、個人的には20代はじっくり“投資”をする時期だと思っています。僕は4年日本の大学院に通ってから、こちらのスクールでさらに5年、PhDプログラムを受けることになりますが、全く後悔はしていません。PhD留学にはそれだけの投資をする価値があると思っていますし、出願においても、「今年ダメでも来年リトライしよう」くらいの気持ちで、気長にチャレンジしても全然良いと思います。


次回は、出願をするうえで肝心な必要書類と試験について話したいと思います。それでは、また。